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| ヴェネツィアで写真を撮るとき、ファインダーを覗きながらいつも苦労するのは空と海の配分だ。四角い枠の中に、この広がりのある眺めをおさめるのはどうしたって無理。たいがい出来上がった写真を見て、ああこんなじゃないのにとがっかりする。ここにいると本当に広い広い空のもとにいるという実感がある。すこし広い河岸、フォンダメンタに出てみるだけで目の前がぱあっとひらけて、この感覚が味わえる。とくに復活祭の終わる頃ともなれば、不安定だった気候は急に覆いを取り払ったように明るくなり、呆れるほど晴れわたった空が広がる。日も長くなり、夕暮れの時間帯の菫色がかった空もゆっくり楽しめる。 |
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ジャン・バッティスタ・ティエポロの絵をひとことでいうとしたら、この空の印象に尽きる。どこまでもつきぬけて澄みきった空。非現実的な感じがするまでの明るさだが、これがまさしく、いとも晴朗なる「ラ・セレニッシマ」と謳われたヴェネツィアの空の色なのだ。そこには、ばら色の肌の天使たちが自由奔放に舞い、或いは光に包まれた女神がクリームのようにきめこまかな雲に乗っている。今にも、天使たちの吹き鳴らす金の喇叭の音色が響いてきそうだ。雲や建物に落ちた陰影も、ひたすら優雅なメランコリアを漂わせるばかりで重苦しい感じはどこにもない。ティエポロはヴェロネーゼやティントレットなどのルネッサンスの巨匠の作風をよく学んだといわれるが、ロココの時代を迎えたその絵は、画面から考えられる限りの重力を取りのぞくことに成功している。翼を持った天使たちはもちろん、豊満な体を横たえたダナエや敬虔な姿の聖者も上へ上へと向かう。その上昇するイメージに、見ているこちらまで引き上げられていくような気がするくらいだ。装飾画家として天才の名を欲しいままにしたティエポロの真骨頂は、やはり天井画ではないだろうか。ヴェネツィア貴族たちの依頼を受けて、彼らの館、パラッツォやヴェネト平野の別荘、ヴィラにそれこそ無数の天井画、無数の空を描いている。ティエポロの絵の上昇感はここで建築の構造と一体化し、いよいよ吹き上がるように強調されたスペクタクルとなっている。ティエポロは生涯の殆どをヴェネトを中心とした北イタリアで活動したが、最晩年にマドリッドの王宮の壁画制作のためにスペインに赴き、最後までヴェネツィアに戻る望みを抱きながら彼の地で客死している。きっと、このヴェネツィアの空の下に戻りたいと願っていたのではないだろうか。 |
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