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絵画を楽しむ ヴェネツィア絵画
仮面関係の写真
仮面の時代
文・写真/角井典子
ヴェネツィアといって、多くの人が思い浮かべるのはまずゴンドラ、それからあのカルネヴァレの衣装のマスケラ「仮面」ではないだろうか。カルネヴァレは本来豊穰を祈念する古いお祭りだったのが、キリスト教の普及に伴い、禁欲的な生活を強いられる四旬節直前のお祭り騒ぎの風習となったもの。なにせ、この時期ばかりは身分や貧富の差、ふだんの規律から解放されて誰もが気ままに呑めや歌えの無礼講。仮面をつけることで、それはいっそう奔放なものになっていったようだ。カルネヴァレは11世紀頃に行われるようになり、ヴェネツィア共和国の繁栄と歩調をあわせて18世紀にピークを迎えるが、この頃にはカルネヴァレの時期はどんどん長くなり、殆ど冬の間ずっとというありさま。さらにはカルネヴァレ以外の祭りのときにも仮面をつけてみたり、賭博場と社交場を兼ねた《リドット》の出入りにも着用を義務づけられるに至り、結局年がら年中遊びに行くときには仮面をつけるようになってしまった。
 
仮面には様々なバリエーションがあり、当時絶大な人気を博していたゴルドーニの風刺劇のキャラクターものが主だが、これは祝祭の仮装用。ふだんは《バウタ》という顔の上半分を隠す白い仮面をつけていた。また《モレッタ》という顔の真ん中に小さくつける黒い仮面もある。どちらも誰がデザインしたものか、その下の素顔が判るようで判らない不思議な美意識が感じられる。いずれにしても、仮面は不気味であることに違いはない。その代表はペストの医者用という長い嘴のついた仮面。今ではお土産品としてどの店にも飾ってあるが、医者というより死に神みたいである。こんな仮面の医者など、やって来ただけで具合が悪くなりそうだ。
仮面関係の写真
18世紀の貴族の生活ピエトロ・ロンギの絵にも、もちろん仮面が登場する。リドットの様子には婦人の衣装や持ち物、コケティッシュな表情などがこと細かに描き出されていて、さしずめヴェネツィア版浮世絵といったところ。まるで一幕の芝居を観ているようなのも共通する感覚だ。ずいぶんと放逸な暮らしに明け暮れていたせいだろうか、ロンギの絵に描かれた貴族達は男も女もかなり華奢。このあたりも初期の浮世絵の柳腰を連想させる。また多少の皮肉をこめて描かれているにもかかわらず、その姿がどれも愛嬌があり可愛らしいのは、描いたロンギ自身がチャーミングな性格の持ち主だったのではないかという気がする。当時のヴェネツィアの若衆たちは皆パルッカという巻き毛のかつらに、ぴったりしたパンタローネをはき、女性に負けず劣らずおしゃれを競った。こういう伊達男たちは、貴族の奥方達のエスコート役、公認のボーイフレンドだったとか。あのカザノヴァが活躍したヴェネツィアである。夜な夜な開催されるリドットや舞踏会に通う仮面をつけたあらゆる階層の男女。一体どんな世界だったのだろう。「Ti conosco mascherina」直訳すると「お前の仮面は判っている」つまり、そっちの下心はみえすいているんだよという言いまわしがある。さぞや仮面の下で、色んなかけひきがあったんだろうと勝手に想像しながら見るのも面白い。
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