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建物の焼失後もフェニーチェ劇場の組織は健在で、公演はパラフェニーチェと称する仮設劇場で継続されています。火災後しばらくは、これがヴェネチア文化の発祥地トルチェッロ島にあり、ACTV(ヴェネチアの公共交通機関を運営する組織)が公演に合わせた臨時水上バスを運行していましたが、サンマルコから小一時間もかかる場所まで出かけるのは、演奏者も観客もしんどかったのでしょう。現在はローマ広場やサンタルチア駅に近いトロンケット(ゴミの埋立で出来たヴェネチア版「夢の島」)に移っています。残念ながらスケジュールが合わず、パラフェニーチェでのオペラ上演は見たことがありません。「どうせ本物の劇場には遠く及ばないよ。引退して暇になったら、再建されたフェニーチェに入り浸ってやるからいい。」と負け惜しみを言っていますが、パンフレットやポスターを見ると、今シーズンも「シモン・ボッカネグラ」、「マダム・バタフライ」、ベルリオーズが曲をつけたシェークスピアとゲーテの戯曲のシーン、「後宮からの誘拐」と魅力的な演目を揃えており、やはりそそられるものがあります。特に「シモン」は、一般に上演される1881年の改訂版と、1857年のフェニーチェ初演版の両方を舞台にかけるという凝り様です。 |
![]() フェニーチェとその周辺をいろいろ紹介して来ましたが、劇場の前後の楽しみであるバーやレストランの話は、まだ取り上げていませんでしたね。イタリアでオペラやコンサートが始まるのは夜9時頃。開演前に食事を済ませることも可能ですが、プロセッコ(発泡性の地ワイン)など飲みながらサンドイッチやチケッティ(ヴェネチア特有のちょっとした酒の肴)をつまんで腹具合を落ち着かせ、本格的なディナーは終演後ゆっくり取るという人も多い。開演前の時間帯になると、劇場近くのバーには、そういう人達が着飾って集まって来るので、一種独特の華やかな雰囲気があります。「ハレ」の時間は、劇場に入る前から既に始まっているのです。オーソドックスな礼服や黒っぽいロングドレスが多いドイツやイギリスと比べると、正装でもイタリアらしく少々カジュアルな感じはありますが、気合を入れて決めて来たことがよくわかる着こなしで、時々、ハッとするほど鮮やかで御洒落な色使いも見かけます。 |
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フェニーチェ劇場の入り口に面したカンポの一隅には、アル・テアトロというレストランもあります。店の外にもテーブルを並べ、劇場の建物や往き帰りの人々を眺めながら食事が出来る設定になっていて、通りかかった知人友人と、挨拶や立ち話をする図もしばしば見られます。早口の会話について行ける程イタリア語が出来る訳ではないので、喋っている様子からの判断ですが、今見てきた舞台の話よりは、いわゆる世間話に花が咲いている事の方が多いように見受けられます。それでも劇場帰りの昂揚した気分は、確かに漂っていました。魚介類を中心としたレストランの料理は相変わらず美味しいけれど、今は劇場は工事用の囲いの中。火災後しばらくは表から見えた焼け残りのファサードにも覆いがかけられてしまって、そういう雰囲気が味わえないのは、やはりちょっと淋しい感じがします。 早く工事が完成して、この界隈にも以前の賑わいが戻って来ると良いのですが。最近ヴェネチア市長が発表したところによると、劇場の再建にはまだ数年かかるとか。思えばホテルの部屋に居ても、工事の騒音らしきものが聴こえた覚えはありません。でも、サンマルコ広場の獅子の修理にだって何年もかかったんだから、これだけ大きな建物の再建に時間がかかるのは無理からぬこと。特別な街の特別な空間は、いずれフェニーチェの名の通り甦り、その再開を盛大に祝われることになるでしょう。私もそれを信じて、楽しみに待つことにします。 ※この記事は2001年に掲載したものです。 |
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