特に初めて入った時の印象は強烈です。外側から、小さいカンポ(広場)に面して立つファサードを見ただけだと、大したものではなさそうな気がしますが、中に入ると、もうロビーの入り口でノックアウトされて、黙ってその雰囲気を味わうしかなくなってしまう。世界最高の魚介を厳選した築地場内の某寿司屋で、最初に出てきた大トロを口に入れた時のようです。もちろん何がしかの期待を持って出かけて行くのですが、その期待をはるかに越える感動が身体の中を駆け巡るのに、全く抵抗する術がなく、呆然と夢心地でいるしかないという感じ。ですから、1996年1月29日の「フェニーチェ炎上!」のニュースで、一度でもこの劇場に足を運んだことのある人の全てが、掛け替えの無いものを失ったと感じて嘆いたことは想像に難くない。
実はフェニーチェ劇場は、1836年にも火災に遭っていますが、この時はわずか1年で、前と全く同じように再建されました。フェニーチェというのは、火の中で自身の身を焼いて再生する不死鳥のことですから、いかにもその名前にふさわしい逸話といえますが、今回も同じように甦ってくれるでしょうか。
さて、火災に遭う前のフェニーチェ劇場を見ることの出来る映像は幾つかありますが、その多くはオペラの上演を収録したものです。当然ながら焦点は舞台に当てられていて、ロビーや客席の美しさまでを味わうことは出来ません。 この劇場全体を捉えた映像として印象的なのは、なんと言ってもヴィスコンティの名作「夏の嵐」の導入部でしょう。ヴェルディの歌劇トロヴァトーレが上演されているフェニ−チェ劇場。時代はヴェネチアがオーストリア支配を脱して新イタリア王国に加わる直前で、イタリア国旗をあらわす3色の紙が、抵抗運動の象徴として天井桟敷から撒き散らされる。そういう騒然とした状況の中で主人公の二人、伯爵夫人とオーストリア人将校が出会う。
記憶より地味で暗めの印象を受けるのは、内装の細かい変化もありますが、やはり照明の違いによるものでしょう。なにしろ映画の画面で劇場を照らしているのはガス灯です。男女の出会いや、人目を忍ぶ逢引にはこれも風情がありますが、私の知っている電気照明も、天井や壁面を彩るイメージカラーの水色や、シャンデリアの煌きが一段と映えて、劇場空間の華やかさには相応しいものに思えます。
※この記事は2001年に掲載したものです。
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