Il cioccolato, e meraviglioso
Love Italy チョコレート特集
 
バレンタイン、その由来。


 2月14日に殉教し、バレンタイン(バレンティヌス)と名が付く聖人は、2人います。ひとりはインテラムナ(現在のウンブリア州テルニ)司教。もうひとりはローマの司祭であり医師だった人物。テルニにもローマにも2人をまつる教会があり、どちらが本物かという論争もありますが、現在、同一人物だと唱える学者が多いようです。

 彼が生きていたのは、キリスト教がまだ新興宗教だった3世紀のローマ帝国。皇帝クラウディウス2世は、妻や子どもがいると戦意が薄れるという理由から、結婚を禁じる法律を出しました。しかしバレンティヌスは、結婚を望む若者たちのために、こっそり内緒で結婚式を挙げていたのです。ところがこの行いが皇帝に知られ、バレンティヌスは2月14日に処刑されてしまいます。

 約1世紀が過ぎた496年頃、ローマ法王ジェラシウス1世はこの殉教の日を祭日に定め、バレンティヌスを聖人の名に連ねることになりました。

 そうして2月14日はバレンタインデー(愛の守護聖人バレンティヌスの日)となったのですが、現在のような習慣ができるまでには中世を待つことになります。

 中世のイギリスやフランスでは、2月14日は鳥たちがつがい始める日だとされていました。「愛の守護聖人の日」に、春の始まりを喜びながらパートナーを見つける鳥たち。このロマンチックな行為を人間たちもまねし始め、恋人たちがラブレターを送るようになったのです。この習慣はかなり浸透したらしく、チョーサーやシェイクスピアもその著作の中で触れています。そして、このラブレターが徐々に様々なプレゼントになり、現在まで続く世界的なイベントとなりました。

 さて、わが日本ではなぜチョコレートとバレンタインデーが結びついたのでしょうか。それは1936年のこと。神戸のチョコレート会社、モロゾフが「バレンタインデーにはモロゾフのチョコレートを」という広告を英字新聞に掲載したのがきっかけ。しかし、それほど浸透しませんでした。次にしかけたのは、1958年、東京のメリーチョコレートカムパニー。新宿のデパートにバレンタイン用チョコレートを置いたのですが、まだまだ反応は鈍かったようです。しかし、徐々に各製菓会社がバレンタイン商戦に参入、デパートなども広告宣伝を盛んに行ったため、「女性が好きな男性にチョコレートを贈る」という習慣が1970年代半ばにブレイク、1980年代には完全に定着しました。

 古代ローマの宗教行事が様々な過程を経て、遠い日本でも「チョコレートを贈る日」となったわけですが、世界中に「恋人たちの日」を広めるあたり、やはり「アモーレの国」イタリアのなせる技でしょうか?


参考文献:『チョコレートの歴史』ソフィー・D・コウ/マイケル・D・コウ著 河出書房新社、『チョコレートの本』ティータイム・ブックス編集部編 晶文社、『おいしいチョコレートブック』ナツメ社、『チョコレートの博物誌』加藤由基雄・八杉佳穂著 小学館

※この記事は2003年に掲載したものです。

→チョコレート、3000年余の歴史。
 
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