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中世のシエナが銀行業によってリッチになったことは第1回で説明した。ところで今のシエナは? 答えは同じ。銀行の街なのである。今日のお題、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行は、繰り返すだけで字数がなくなってしまうので、筆者の独断で以下“モン銀”とする。日本では正直言ってあまり知られていないが、“モン銀”は欧州最古の銀行のひとつである。その前身は1472年の創立。前回も文末で触れたが、日本でいえば室町時代以来脈々とやっているわけだ。
今日イタリアの銀行のなかでも屈指の規模を誇り、ミラノ証券取引所にも上場している。だから毎朝眠い目をこすりながらテレビをつけると、大抵経済ニュースで“モン銀”の株値が映っている。
本店や支店では、最新モードで身を固めたラガッツァ(女のコ)がCD機の順番を待ち、ふくよかなオバチャンたちが立ち話をしながら振込用紙を持って窓口に並ぶ。そう、500年前の銀行は今も生きているのだ。
日本人からすると面白いのは、これだけデカい銀行でありながら、ミラノやローマといった大都会でなく、今も本店はどっこいシエナに構えていること。産業が東京に一極集中してしまう日本との違いである。
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“モン銀”本店の中枢部は、なんと14世紀に建てられた銀行家の屋敷“サリンベーニ宮”だ。
そのサリンベーニ宮の中には、非公開の資料館がある。館内には、過去500年の帳簿がうず高く積まれていて、それ自体が壁を成している。
さまざまな資料の中で、驚くべきは1629年、公金横領罪の被告に下された死刑宣告書。なんと発行は“モン銀”なのだ。“モン銀”は、長きにわたってシエナ市が経営を掌握してきたいわば公立銀行だった。そのため一時期は死刑宣告さえできる特権を有していたのである。 |
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実はその“モン銀”、今日はモンテ・デイ・パスキ・ファウンデーションという財団によってコントロールされている。注目すべきはその定款である。年間利益のうち何と約4割!を「シエナの文化予算として使うべし」と定めているのだ。
そのおカネは毎年、長年世界に四散していたシエナ派絵画の買い戻しに、歴史的美術品や建築物の修復に、さらに公共福祉にも充てられている。
残念ながら世の中には、昨今の業績低迷で文化予算をカットする企業は多い(大抵そうした企業は、好況のとき思いついたように文化活動を始めたものだが)。そうした中、“モン銀”の長年にわたる地道な文化活動は、アートに対する興味の有無を超えて注目すべきではないか。 |
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さて、シエナ美術展のハイライトは、中世のシエナ派絵画。東方ビザンティン美術の匂いを引き継ぎながら、独特のキリスト教世界を表現した、いわば「ルネッサンスの夜明け前」だ。
最近は本屋さんにマンガを含め、“聖書早わかり本”が無数にあるから、先にパラパラ読んで行くといい。また、青いマントは聖母マリア、ムサクルシイ毛皮を着ていたら、キリストに洗礼を施したヨハネ、というように登場人物の服装は意外にワンパターン。コレを覚えると、難しそうな宗教画もちょっと身近になる。
聖書が苦手な人は、カンポ広場での競技風景などの風景画を見るといい。シエナ人にとって、シエナが「世界の中心」だった時代、つまり自由都市の世界観がわかって面白いと思う。
観たあとは? それは一度シエナに来てみること。そう、あなたが観た数百年前の絵の風景が、そのままであなたを待っているシエナに、ね。
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※この記事は2001年に行われた「シエナ美術展」開催時に寄稿頂きました。 |
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