ポンペイ-古代ローマ2000年のタイムカプセルを開く
ポンペイの快適都市生活
 ヴェスビオ山麓の肥沃な土地からは山の幸、地中海からは海の幸がもたらされるポンペイ。美味しいものを食べては、吐き、また食べ、運動不足はフィットネスクラブで解消する。退廃的ともいえる古代ポンペイの人々の生活はいったいどのようなものだったのだろうか。
世界最初のグルメ
 古代ポンペイの人々の食事は1日に2回。朝食抜きで昼食は軽くすませ、ディナーにゆっくりと時間をかける。トリクリニウム(3台の寝台のある場所)と呼ばれる食堂は夏用と冬用があり、夏は中庭に面した風のとおる涼しい食堂で、冬は室内の暖かい食堂で、コの字型に置かれた寝台に横たわりながら、高価な食材を使った豪華なメニューを楽しんでいた。
 タイ、スズキ、メバル、ウツボ、イカ、タコ、エビ、ウニやムール貝、ホタテ、カキなどの魚貝類、豚やイノブタ、鹿やウサギ、カモ、アヒル、クジャクなどのさまざまな肉、豊かな大地で育まれたイチジクやリンゴなどの果物、野菜類‥‥‥。モザイク画を見ると、今の日本と変わらないくらいさまざまな食材が用いられていたことがわかる。
 美食家たちの胃袋はポンペイで採れるものだけでは飽き足りず、イギリスやスペイン、黒海地方などから食材を取り寄せた。また、肉はすべて食べ尽くすのではなくその動物の一番美味しい部分だけを食べていた。その上もう食べられないほどお腹いっぱいになると、食べたものを吐いて、次なる料理を味わったのである。
運動不足はフィットネスクラブで解消
   ポンペイの人々は演劇を鑑賞したり、音楽会に行ったり、剣闘士らの勇姿を見るのも大好きだったが、もう一つ日常的な楽しみ――入浴があった。
 町の中心部には、温水浴場、冷水浴場、サウナ、運動場などを備えた現在のスパやフィットネスクラブにあたるような公共浴場が3つあり、人々は昼寝のあとのひとときを、風呂でのんびりとくつろぎ、政治談議に花を咲かせていた。公共浴場は健康や衛生のためだけではなく、情報交換や社交の場になっていたのである。
 午後の早い時間には一日中働く必要のない富裕層の市民がゆっくりと身体を休め、夜遅くになると奴隷たちが一日の疲れを洗い流す。浴場は男女別になっていたが、身分で分けられることはなかった。  古代ローマでは奴隷はただ肉体労働に従事するだけではなく、子どもの家庭教師になったり家計を預かるなどその能力によってさまざまな仕事を任されていた。市民の生活にとって奴隷は欠くことのできない働き手だったのである。奴隷は生まれながらにして奴隷なのではなく、運命によるものだと考えられていた。汚らわしい存在とは考えず、同じ人間として認めていたため、同じ浴場を使うことに抵抗がなかったのだろう。
ポンペイにあって、今ないものは?
 退廃的ともいえるポンペイの人々の生活。その暮らしぶりは神をも恐れぬようにさえ見えるが、実は彼らはとても信心深かった。公共広場の周りにはいくつもの神殿が並び、各家庭には必ず神棚があった。朝起きると家族全員で神棚に手を合わせ、豊かな大地の恵みを神に感謝し、また、天災が起こらぬよう神に祈ったのである。
 彼らにとって自然は、現代に生きる私たちよりもはるかに密接なものであり、そのありがたさも恐ろしさも身にしみていた。
 この世に生まれることができ、今を生かしてもらっている。そう考え一日一日を大切に生きていく。自然に畏敬の念をもち、人間のできる限界を知るからこそ、思う存分生きることができた。できる限り楽しく豊かに生きようとしていたポンペイの人々。彼らは生活だけでなく、その生き方すべてが豊かだったのではないだろうか。

文:アトリエ・シュパース
写真提供:東京大学 象形文化研究拠点