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1900年代、世界で最も売れたイタリア文学はダンテの「神曲」と「ピノッキオの冒険」といわれています。フィレンツェ生まれのピノッキオ原作者Carlo
Collodi(カルロ・コッローディ/1826-1890)はペンネームで、この名前は彼の母親の出身地に由来します。「ピノッキオの冒険」は1883年にフィレンツェで出版されました。
現在、映画化を機にカレンダーや手帳、絵本、操り人形やチョコレートなどの関連商品が山のように積まれ、ミラノ市内ではウフィッツィ美術館所蔵のSigfrido
Bartoliniによるピノッキオ木版画展も公開されました。初版本に描いたMazzanti(マツァンティ・写真)や後年の水彩によるMussino(ムッシーノ・写真)は、ピノッキオの挿絵中でも最も有名なものです。現在でも多くの挿絵画家が今回の映画化に合わせ新しいピノッキオをたくさん描いており、Alessi社のエスプレッソマシンや福岡のホテル“Il
Palazzo”の設計で有名なイタリアの建築家アルド・ロッシは博多の屋台をイメージした馬車を引っ張るピノッキオを1989年にデザインしています。マエストロによる様々な解釈のピノッキオ、興味津々です。
コッローディのピノッキオを原語で読んでみたい方はコッローディ財団の公式HPで無料配布されています。(但し、1883年の作品ですので現在では使用されない古い表現が弱冠見受けられます。)
http://www.pinocchio.it/Pages/Pinocchio.doc
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| ミラノ在住・藤沢綾子 |
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| Mazzanti(マツァンティ) |
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| Mussino(ムッシーノ) |
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| Aldo Rossi (アルド・ロッシ)/ピノッキオの屋台・1989年 |
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