ロサーリアが運転する教習車は、いつもの住宅街の中に到着、私たちを乗せたランチャYは路肩に停車した。ロサーリアの車は一旦停止すると、バックしてまた走行・・・・・・しかし30秒後にはランチャの隣に戻ってきた。向こうの車内の様子を凝視してみると、後ろの紳士試験官が何か書類をペッピーノ氏に渡し、ロサーリアがそれにサインして、車を降りた。こちらにやってきたロサーリアを皆が「合格?!おめでとう!!」と言いながら迎えた。試験が終わってホッとしいてるロサーリアがランチャの助手席に座ると「あ、この車、中もこんなにカッコイイんだ!」と言った。すると強面スペンサー氏が「そりゃそうだ。あっちのPandaは10.000EURO。この車は16.000EUROだからな」と車の違いをロサーリアに説明し始めた。怖い怖いと思っていたけど、話をすると意外に親切?!後で聞いたのだが、試験官は試験が決して甘いものではないということを証明するために、苦虫をかみつぶしたような『コワイ顔』をしなくてはいけないそうだ。スペンサー氏も普段はもっとお喋り好きで陽気なタイプなのかもしれない。車談義を聞いている内に、エレナはもう試験を始めていた。角を曲がって見えなくなってしまったが、2分後には同じ場所に戻ってきて、彼女もバックをし、その後停車。エレナもサインをして出てきた!『ロサーリアみたいに長いこと運転しなくていいの?たった2分で終わっちゃったじゃない!!』あまりの早さに驚いていると、ペッピーノ氏が車内から私を手招きしている。ついに私の番が来てしまったのだ・・・・・・。
車内に入ると紳士風試験官が「なぜ、彼女は笑っているのかね?」と、相変わらず眉間にしわを寄せながらペッピーノ氏に聞いた。私は照れ隠し笑いをしていたようで、即刻チェックを入れられてしまった。ペッピーノ氏が「だって、ほら、彼女は日本人ですから!」とナイスフォロー。これ以上の説明は必要ないというほどの回答だ。西洋人の頭には『日本人はいつでもニコニコ顔国民』というイメージがインプットされているのである。そして私はまだ照れ笑いを続けながらも、頭の中で『発進はゆっくり』『ウインカーを忘れないように』『エンストしてもパニックしないように』と何度も繰り返して念じた。そのかいあってか、スムーズにスタート。しばらくは直進だったが「はい、そこ左ね」というペッピーノ氏の言葉を聞いて、『ウインカーを忘れないように!』ともう一度頭の中で思った。しかしカーブを曲がる前にペッピーノ氏が「はい、ウインカーも出してください」と言うではないか!その上ギアチェンジのタイミングまで指示する。『なんだ、これは?!レッスンよりも簡単じゃないか?』とビックリしていると、体の一部が、また別のことを訴えてきた。足だ。足が『いつもと違うよ』と私に訴えてきている・・・・・・即座に足に感覚を集中してみると、クラッチもブレーキも私より先にペッピーノ氏が踏んでいるのだ!「はいはい、ギアチェンジだからクラッチ入れてくださいね!」などと言いながら、自分で踏んでいるのだ!!はっきり言ってしまおう・・・・・・私はアクセルを踏んで、ハンドルさえ動かしていれば、それで良かったのだ。後はもう自動的にペッピーノ氏がやってくれていたのだから。あんなに苦労してようやく出来るようになった縦列駐車もナシ!2分間住宅街の中を走って、最後にバックして終わり!「はい、そこに止まってくださいね!」と言われて停車したら、後ろの紳士風試験官が書類をペッピーノ氏に手渡している。その様子を見て『なんだ、これで終わり??』と私は愕然とした。もう照れ笑いなどしない・・・・・・あまりの簡単さに、口をぽかーんとあけて呆然とするしか術はなかった。
最後はマリアだった。スパルタ教官のレッスンで泣き出してしまったほどだから、この時も全身が硬直し、緊張の度合いもマックスになっていた。2度エンストし、3度目にようやくスタート・・・・・・きっとペッピーノ氏が見かねて助けを出したのだと思う。さすがにマリアの時は『すんなり』とはことが運ばず、ペッピーノ氏が大声をあげている様子が、こちらにも伝わってきたが、それでもマリアも書類を渡され、サインをして笑顔で降りてきた。4人の試験が終了し教習所へ。到着すると試験官の2人はペッピーノ氏と挨拶しただけで、さっさと立ち去っていった。教習所受付カウンターに集まる私たち4人を前に、ペッピーノ氏は書類と免許証を取り出し、各々にサインをさせた。免許証はすでに発行日時が『印字』されてある。もし不合格だったら作り直すのだろうか?いや、はなっから不合格者など出ないのではないだろうか??学科の時にも思ったが、試験会場で授業している教官と生徒が多かったし、試験官はこちらの回答を真面目に聞きもしないし、間違い連続の人も合格だったし。実技も実技で、試験官の顔は凄まじく恐ろしかったが、試験はあまりにも簡単に終わってしまった。『金さえ払えば免許は取れる』・・・それは真実だったかもしれない。ペッピーノ氏の学校では、学科は厳しかったし、実技もちゃんと行われた。しかしガブリエーラが通ったような教習所を選んでいたら、何もしないで、つまり運転もろくに出来ないままお金を払って免許取得・・・ということになっていただろう。事実、ガブリエーラがそうだったのだし。『なんか違うんじゃないか』・・・そう思いながら家に帰った。7時半だった。試験開始は6時半で、1時間後に家に帰り着くなんて!でもまぁ、念願の免許が取れたのだ!万歳!簡単すぎた試験に釈然とはしないけど、ある程度のレベルに達しないと教官は試験を受けさせなかったわけだし、本試験前に、実は教習しながら試験を受けさせられていた・・・という感じなのだろう。真新しい免許証を手に、しみじみした私だが、本当の難関はそれからだった。
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| オンボロボロの16歳OPEL KADETT。片方のサイドミラーは折りたたんでいるのではなく、最初からありません |
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主人の車はOPELのKADETT。10年前、23年も走ったFIAT131で初運転をしたが、それを廃車した後に、主人が舅から受け継いだものだ。受け継いだ当初は131に比べ快適だったが、もはやこの車も16年おちのオンボロボロ・・・・・・。仮免中に数回運転してみたが、全ての操作が固く重く、まるでゲルマン人の頑固爺という感じだった。『多少のことではビクともしない』車なのだ。ぶつけてもびくともしない・・・という意味だったら良かったのだが、エンジンをかけても、ペダルをふんでも、ハンドルをまわしてもビクともしない、動かない・・・ということなのだ・・・・・・。一度連続エンストをしたら、シューとエンジンが音をたて、そのまま止まってしまったことがある。翌日修理に出したら一気に3カ所の故障と判明。それに単にオンボロというだけでなく、危険でもある。右のサイドミラーは初めからなくて、バックミラーも壊れている。
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| 部品がなく、修理もできないバックミラー。使うときは手で持ち上げます。とほほ・・・・・・。 |
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もう部品がなく修理もできないので、バックミラーを見るときは手で持ち上げながら見ないといけない!こんな車が走行していてもOKというのもスゴイと思うが(他のイタリアの街では減点を食らうそうだ)、免許取り立ての私に、この車を運転しろという主人もスゴイ!!「サイドミラーなくて、どうやって右を確認するのよー?それにいちいち持ち上げるバックミラーなんて初心者には無理に決まってるじゃない!!」と叫びながら、毎日、新しい車(新しいといってももちろん中古だが)を購入してくれるよう説得しているところ。免許を取るより、車購入の説得の方が何倍も難しいというオチになるとは思っていなかったが、とにもかくにも私のドライバー人生は始まった。免許取得総費用は最初から最後まで全部で520EURO。私は多少の追加レッスンを受けたが、安い!なんとか新しい車を買い、ブイブイ爆走し、主人を見返してやろう!!車を買ったら、ここに写真を掲載することをお約束して、この連載を終了させていただきます。長い間ご愛読ありがとうございました!チャオ♪
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アキ・ダモーレ
主婦・グラフィックデザイナー
東京出身。1991年よりイタリア在住。ナポリをこよなく愛し、人口4万のナポリ郊外の町に、ナポレターノの夫とハーフの息子と共に暮らす。イタリア生活紹介サイト「io」はほぼ毎日更新!
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