ムッツリ教官のレッスンで、手が震えるのを感じながら運転を始めた私であったが、スタートもすんなり。後の行程もいたって順調。『私ってばすごい!』と内心うぬぼれていた。走行は充分、そろそろ駐車の練習に・・・という頃になって、「そこ、左!」という声が。毎日通っていた道だが、エンツォとのレッスンではいつも直進で、左の路地の存在に私は気付いてもいなかった。「左?え??左ってどこのこと?あ!何、この路地?」と言っている内に路地を通り越してしまい、「あ〜れ〜!どうしよう!!」と雄叫びすると、車内大爆笑。ムッツリ教官も思わず「ははは!」と声を出して笑っていた。
私のボケ行動のおかげ(?)で、車内は一気に明るい雰囲気に。ムッツリ教官も「日本では駐車場がないと車が買えないというのは本当か?」「マニュアル車は少なくなっているのか?」など、いろいろな質問をしてくるようになり、それまで沈黙を通していた車内に笑い声も響くようになった。このままいけば穏和にレッスン終了か・・・と思いきや、さすがにムッツリ教官、厳しい指導が待っていた。
縦列駐車をする時、本来なら停車なしで全行程を行わないといけない。しかし、私の技能はそこまで達していないのでエンツォとのレッスンでは、ハンドルを切り返す時に一旦停車しても良いという事になっていた。そして、その停車のおかげで、余裕をもってキチンと駐車できるようになったのである。しかしムッツリ教官は、「停車は絶対に許さない!1回で乗り切るんだ!!」と指導。ほんの1秒停車すれば完璧な位置に駐車できるようになったのに、停車は絶対ダメといわれると、頭が混乱してハンドルさばきもうまくいかない。「止まるんじゃない!」「ほら、今切り替えろ!」「もっと早くだ!」「遅い!!何やってる!!」「そんなハンドルの持ち方じゃダメだ!」とスパルタが始まってしまった。
24歳のエンツォと比べ、36歳のムッツリ教官は確かに教え方はうまかった。厳しかったが、彼に仕込んでもらえれば私もそのうち停車なしで縦列駐車が出来るようになったかもしれない・・・・・・と思った。しかし、あまりにも遅かった。翌々日はもう試験日!今、ここで混乱しては、ちゃんと出来るようになった縦列駐車も振り出しに戻ってしまう。試験では女性に甘いので停車しても減点にはならないという。問題となるのは位置を外す事だ。試験の前にスパルタレッスンを受けて混乱してしまっては、規定位置に停めることさえ不可能になってしまう。・・・・・・そんな気持ちを持ちながら、しかめっ面で駐車レッスンを受けていた私に、教官は最後「明日も来るんだな。来いよ!」と言ったが、私は曖昧な返答をしただけだった。
翌日、午前中に教習所に行くと、マリアがその前のレッスンを終えて車から降りて来たところだった。「マリア!大丈夫?昨日は悲惨だったよね!」「今日はあの毒舌野郎と一緒じゃないからじゃないから平気よ!」と挨拶をして、マリアも和みたかったのか、その後の私達のレッスンに同乗してきた。私はレッスンを受けながらも、昨日の一部始終をエンツォに報告。マリアも後ろで「あの人、結婚してるの?あんなに性格悪くちゃ奥さんも見つからないと思うけどな」などとブツブツ。
でもエンツォは、「アキ、今夜のレッスンにも行かないとダメだよ」と言った。「イヤだよ!絶対イヤ!また停車なしの駐車を特訓されたら、混乱しちゃって試験でヘマするに決まってるもん!もうこのまま、試験を受けた方が精神的にいいの!見てよ、今日の駐車も、前より下手になっちゃった。スパルタレッスンのイメージがまだ残ってるから、うまくいかないのよ。これ以上試験前に混乱させられたら困る!!」と言っても、「そうは言っても、試験官は彼より厳しい人になっちゃうかもしれないし、緊迫したムードに慣れるのも大切なんだからさ」とまだ迫ってくるので、「それなら試験前日じゃなくて、もっと早く言って欲しかったわよ!」と私も負けずに反論した。全員のレッスンを終え教習所に戻り、改めてエンツォに「明日の試験の時間は?」と聞くと、「教えないよーん。今夜来たら教えるからね」とべーっと舌を出された。とほほ、こりゃダメだ・・・。後で電話して時間を聞くことにしよう。
電話をする時間も入念に考えないといけなかった。ムッツリ教官は夕方から来るので、その頃だと彼が電話に出る確率も高くなる。一番いいのは、彼のレッスンがある19時以降、万が一誰かが遅刻したことを考えても19時20分に電話すれば、間違いなくムッツリ教官は電話に出ない・・・と結論を出し、時計を眺めながら20分を過ぎたところでダイヤルした。しかし、「プロント?」と出たのは、な、なんと!その教官だったのだ!私は内心『くー、こんなに入念に計画したのにー』と思いながらも声色を変え「あのー、ペッピーノ氏をお願いします」と言うと、「あ!アナタはシニョーラ・ジャポネーゼですね!」とあてられてしまった。『なんですぐ分かるのよぉ!』と思いながらも「どうしたんですか?今夜は来れないのでしょうか?」という問いに、「ええ、子供を預かってもらえる人が見つからなかったので・・・」とうそを言いつつごまかした。
聞けば夕方からレッスンが遅れ気味で、そのせいで19時のレッスン開始時間も19時半になってしまったとのこと。そして経営者のペッピーノ氏は学科授業中なので電話には緊急の用事以外取り次げない・・・という。仕方なく私はムッツリ教官に「明日の試験の時間を教えてください」と尋ねた。すると「ちょっと待ってくださいね。ええと、明日の試験は、6時半です」と。「え?6時半って・・・18時半ですか?午前中って聞いていたのに」と確認すると「いえ、朝の、あ・さ・の!6時半ですよ!!」と念を押された。免許取得の実技試験が、朝の6時半?!信じられない時間を告げられ、私は「すみませんが、エレナはいますか?明日のことで話しておきたいので・・・」と言って彼女に変わってもらい、「ちょっと、エレナ。朝の6時半って言われたけど本当?ムッツリ教官が私にイジワルしたとしか思えないけどさ」と聞くとエレナは、「冗談みたいだけど、間違いないんだよ。朝の6時半なんだよ、私たちの試験は!!」と彼女もビックリしたように言っていた。「あ、今、学科の授業終わって、ペッピーノ出てきたよ。アキ、かわる?」とエレナに言われ「うん。お願い」と答えた。
そして元気に電話口に出てくれたペッピーノ氏に「あのー、朝6時半って本当なのでしょうか?普通ではあり得ない時間帯だからビックリしちゃって・・・」と言うと、「シニョーラ・アキ!イタリアではね、普通ではあり得ないことでも『あり得ること』になっちゃうんですよ。6時半ですよ、本当ですよ!ちゃんと来てくださいね!」・・・その言葉を聞いて受話器を置いたのだが、まだ頭がグルグルしていた。6時半?朝の6時半??運転免許の実技試験が朝の6時半に開始??でもペッピーノ氏の言葉は正しい。ここ、イタリアではあり得ないことが『あり得ること』になってしまう。だから早朝試験もあり得るのだ。半信半疑ながら、その夜は大好きなワインを飲まずに早起きに備えることにした。
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アキ・ダモーレ
主婦・グラフィックデザイナー
東京出身。1991年よりイタリア在住。ナポリをこよなく愛し、人口4万のナポリ郊外の町に、ナポレターノの夫とハーフの息子と共に暮らす。イタリア生活紹介サイト「io」はほぼ毎日更新!
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