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「義理のお父さん(suocero)もよろしく言ってたわ」街で会ったサーラは、別れ際ボクにそう言った。
でもちょっと待て! 彼女はまだ結婚していない。それどころか左官見習の彼氏、ガブリエレ君ともども、まだ16だ! 日本だったら、カノジョの家に行って、結婚もしていないのに「お父さん」などと呼んだら、「まだテメエのお父さんじゃネエ」なんてヒンシュクを買うよな・・・。
その疑問を解くには、まずフィダンツァート(fiandzato)という言葉から知る必要がある。辞書でfidanzatoをひくと、「婚約者」とか「いいなずけ」と出てくる。しかしイタリア人のフィダンツァートとは、日本人の理解力を超えたものがある。 |
まず、サーラと同じように、15,6歳でフィダンツァートを見つけてしまうことがある。やがて食事から週末まで相手の家族と過ごすようになり、大学生くらいになれば、公然と泊りがけのヴァカンツァにも行ったりする(イイナー)。その後、ふたりで自立生活ができるようになると結婚、となる。
でもそれだけ付き合いが長くても(たとえば14歳でフィダンツァートになって、28歳でゴールインしたとすると、延々14年付き合うことになる)、結婚すればたまに問題が起きてくる。 |
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イタリアでは毎週末のように親族で集まる。いい歳をした旦那でも、「週末はマンマのもとで」と平気で言うようになる。奥さんのほうも、その伝統がわかっているけど、なかなかつらいものがある。そのうえ集まる家族や親戚の中には、ウマの合わない人だって当然出てくる。それで、ついにブチ切れてしまったのが、友人の医師・マルチェッロ氏(42歳)の奥さんリーザ(48歳)だ。リーザは姉さん女房。共働きで子供はつくらない主義である。それだけに日頃は普通の夫婦の何倍も仲良しなのだが、問題はマルチェッロ氏の母親。古き良きイタリア女性で、子供を医者に育てたプライドがあり、いまだリーザとの結婚を良く思っていない。
ある日親戚が集まったあるパーティーで、彼女があたかもリーザに聞こえるように、「イタリア女性たるもの、男性の陰で家を守って、子供を立派に育て上げることこそ誇りよ」と言い放った。それを聞いたリーザは突然席をたち、マルチェッロ氏のクルマにも乗らず、ひとりで家に帰って行った。結局事件は数日後、マルチェッロ氏が両手一杯のバラの花束をプレゼントするという、後退する髪の生え際とは対照的に粋な行動で解決したそうだ。
女房と旦那の間に(Tra moglie e marito)に指(il dito)を挟むな(non mettere)とは、正にこのことだが、「そんな嫁姑戦争、日本だってあるし、べらぼうに長い婚約期間があるんだから仲直りも早いんじゃないの?」と思うだろう。
しかしそれは早計である。
国家統一を1861年まで待たねばならなかったこの国では、「イタリア人」であるというよりも「どこどこのヒト」という意識が強い。
冒頭のサーラの場合も、実は他の街出身。バリバリの地元人・ガブリエレ君の家族とは違う。
だから本人同士は仲が良くても、家族や親戚には、陰で「あの娘はナポレターナ(ナポリ人)だゼ」とか言うヤツがいる。そういう外野がいると、意外に話はこんごらがるのだ。
その連鎖反応で、結婚相手の心中でもそういう「おらが国意識」がムクムクと蘇り、「おマエは、結局〇〇人だナ!」となると、さらにコトは難しくなる。
サーラも将来そういう問題が起きることは、それなりに覚悟しているようだ。
他国でも通用する今回の諺だが、そんな古い社会イタリアでは夫婦を円満に保つ、より大切な教訓なのだ。
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