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「イタリア人と日本人の違いを感じることは?」とパオロさんに迫ると、「イタリア人、日本人っていう見方はしないでほしい」と衝撃的なメッセージがかえってきた。このコラム連載開始当初の目的が、“日本で活躍するイタリア人から、日本とイタリアの違いを探る”というものであっただけに、私はたじろいだ。「日本人は世界的に言ってもすごく真面目で誠実なイメージだったけど、実際日本に来てみて、そういう人とそうでない人といることがわかった。だからもう、そういうステレオタイプな考え方はやめたいんだ」とも。
「イタリア人は時間にルーズ、約束は守らない、と思っている人が多いけど、僕はそうじゃない。そういうふうに見られると悲しくなるんだ」と彼は付け加えた。申し訳ない気持ちで一杯になった。実際私は彼とインタビューの待ち合わせをしたとき、どれくらい遅れてくるんだろう?はたしてすっぽかされたりはしないだろうかと心配していた。でも彼は遅れるどころか、私よりも早く到着していた。
そういえば自分にも似たような体験がある。NYで生活していたとき、私がアメリカ人の男の子に激怒したことがある。すると彼はあっけにとられたような表情で「ジャパニーズガールでも怒ることがあるんだね。ジャパニーズガールはいつなんどきも微笑んでいるものだと思っていたよ」と。それを聞いて、ますます頭にきたのを覚えている。「ジャパニーズガールでも…」という言葉がとにかくショックだった。「ジャパニーズガールERIKOじゃない、私はERIKOだ!枕言葉はいらない」と思ったのだ。
ちょっと例は極端だけれど、彼も近い気持ちだったのだろう。「イタリア人はみんな底抜けに明るいとか、みんな熱狂的なサッカーファンだとかっていうのも僕には当てはまらない」とも言っていた。良いイメージ、悪いイメージに関わらず、やっぱり「自分は自分、他の何者でもない!」という気持ちが強く伝わってくる。人は無意識のうちに役割を演じているもの。せっかく日本という新天地に来たのだもの。もっとまっさらな自分でいたいはず。本当は七色でも八色でもある自分がいるのに、いや何色にも変わっていけるはずなのに、始めから色付けされてしまうのはやっぱり辛い。
彼はこんなことも言っていた。「イタリア人の悪いイメージが根付いているからこそ、せめて自分がきちんとした行いをすることで、そうじゃない人もいるってことをわかってほしい」と。彼自身が他人を色付けして見ないのはもちろん、色付けされる現状を嘆くばかりでなく、自らがその現状を変えようと努力している。
今まで彼の前に3人のイタリア人をインタビューしてきて、おぼろげながら感じてきたことを、今回彼が「ステレオタイプで見ないでほしい」と端的に言葉にしてくれた。せっかく日本に来てくれたのだもの。彼らに真っ白なキャンバスを用意してあげたい。
彼についてもっと知りたい方は、こちらのホームページへどうぞ↓
http://www.myspace.com/paololadu |
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岩波えり子
「日本人は電車の中でだれも話しかけてくれない」という、あるイタリア人の言葉が印象に残る。
イタリアの電車の中っていったい?澄みきった青い空、おおらかな人々、おいしい料理に漠然と憧れるイタリア関連超素人。 |
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