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パトリツィアさんのご友人のイタリア人と日本人の結婚式エピソード。新郎新婦の友人たちは、イタリア人チーム、日本人チームに分かれてそれぞれに催しが依頼され、その準備過程に各々の国民性が浮き彫りになった。
「さあ、何をやりましょうか?」とミーティングを開き、そこで決められたテーマに合わせて役割分担し、みなが協力して催しを行う日本人チーム。パトリツィアさんによると、テーマが決まらない場合は、その場でディスカッションをするのではなく「次回までに考えてきてね」と宿題が出され、またミーティングを行うというのが日本人の通常パターン(これは仕事においても言えるようだ)。
イタリア人チームには、なにかにつけてミーティングを開く日本人がとても不思議に映るらしい。彼女たちは特に打ち合わせはせず、勝手に当日やりたいことを個人個人が行うというのだ。日本人である私は「ぶっつけ本番なんて、ありえない」と思ってしまうけれど、彼女たちのイベントは色とりどりに花を咲かせ、成功を収めたという。パトリツィアさんの言い分では「イタリア人は日常で意見を交し合ってお互いを理解しているから特に改まったミーティングは必要ないのだ」と。
これを聞いて、だいぶ前にNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」という番組でやっていた“素晴らしい企画を立て、かつ、素晴らしい企画書を書く方法”の話を思い出した。企画を立てる時の脳と、企画書を書くときの脳は全く違う部分を使っているのだそうだ。
企画を立てるときは思いつくままに書き出す。一見、なんの脈絡もないかのようにみえるメモ書きのようなことをしていく。この時は右脳を使っているらしい。そしてこれは一人で行うより、みなで行うとなお良く、意見を言い合うことで脳が科学反応を起こし、一人では思いつかないような発想が出てくるという。
一方、企画書を書く場合は左脳をしっかりと使う。企画メモを編集する作業だ。つまりポイントは、「企画を立てる作業と、企画書を書く作業はきちんと切り離そう」ということだった。企画力は右脳力、編集力は左脳力。これを同時に行うと、ブレーキを踏みながらアクセルを踏むようなことになるのだそうだ。
何でこんな話をするかというと、大雑把な国民性として、この企画にあたることを日々行っているのがイタリア人、編集が得意なのが日本人なのではと思ったからだ。
イタリア人たちは日常生活がディスカッションの場で、企画のときの話に出てきた“科学反応”を行っているのかもしれない。前回のインタビューにお答えいただいたマリオ・フリットリさんは「イタリア人は発想力があるけれど、自己主張が強くてまとまりにくい」とも言っていた。「ミーティングは必要ない」という言葉からも、みなの意向をすり合わせるというよりも、個人個人がやりたいことをやるのが良いという気持ちが強いのかもしれない。
対して日本人はディスカッションが苦手で(パトリツィアさん曰く、日本人がディスカッションをすると喧嘩っぽくなってしまう)企画するまでは大変だけれど、テーマが決まってしまえば「アナタはこのパーツ、私はこのパーツ」とミーティングですり合わせ、編集作業に近いことはきちんと行えるように見える。
今回は日本人チームとイタリア人チームに分かれていたけれど、一緒になって「企画担当イタリア人、製作進行管理日本人」みたいに役割分担できたらどんなに素敵なものができるのだろう。パトリツィアさんの学校の従業員は日本人もいれば、イタリア人もいる。どちらかがアクセルとブレーキを同時に踏むことなく、きっとお互いにない部分を補い合って、上手に学校運営されているに違いない。 |
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岩波えり子
「日本人は電車の中でだれも話しかけてくれない」という、あるイタリア人の言葉が印象に残る。
イタリアの電車の中っていったい?澄みきった青い空、おおらかな人々、おいしい料理に漠然と憧れるイタリア関連超素人。 |
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