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| この童話を実写で作ろうと決めたことで、ベニーニは、想像力に富み、不思議で、時には滑稽なコッローディの世界を一から組み立てていくという、極めて空想的な世界をカメラの前の現実に創り出す大変さに直面した。ベニーニのキャリア始まって以来の、さらにイタリア映画史上においても最大の難問であり、大作となった。 一番の問題が、現実味はあるが、何が起こってもおかしくない架空の世界を作ることだった。ベニーニは、フェリーニの思い描いた世界を参考にし、子供の自由奔放でシュールな世界、奇妙なこと、予期できないことが満載の世界を創り出そうとした。そこでまず、際限ないデザインアイディアで有名な優秀なアーティストたちを集め、すばらしいスタッフチームを組んだ。 まず最初に、撮影監督ダンテ・スピノッティと密接に打ち合わせを重ねた。広大な自然の風景にこの世にないきらめきを散りばめることで、現実とファンタジーとを融和させたスピノッティの巧みな映像スタイルは、ピノッキオの冒険に説得力をもたらせた。 スピノッティはこう説明する。「本作は現実に深く根ざしたおとぎ話で、それをダニーロ・ドナーティのすばらしいセットとSFX のエキスパートたちの助けを借りて映像にするのが、私たちの仕事だ。外でのロケにはそこにファンタジー感を織り込み、きわめて空想的なセットには現実感を加味した。リアルだが不思議な世界の感じを出すために、スタジオ内に組んだセットに、本物の空や美しいトスカーナの田園風景などの要素を取り入れていった。」 本作の製作は、フェリーニが愛した「チネチッタ・スタジオ」と姉妹関係にある「パピーニョ・スタジオ」というイタリアの化学工場の廃墟に作られた巨大スタジオで行われた。ベニーニはこの「パピーニョ」で、97年に『ライフ・イズ・ビューティフル』の一部を撮影したことがあり、そこなら一から架空の世界を作っていくのに申し分のない広さがあることを思い出した。 「パピーニョ」を奇抜な世界に変えていくために、クランクインの1年前、2000年の晩夏から8ヶ月かけ、総勢60社の企業が作り上げていった。しかも、お腹を空かせた海の怪物との出会いのシーンが撮影できるように、温水プールまでも作った。大工、鉄工ら270 人の技術者集団は、家や牢獄や森の聖域などを「本物」らしくするために、細かな作業を請け負った。この期間、映画の製作スタッフは、冒険に必要な莫大な小道具を用意するのに奔走した。用意されたものは、 1000足の靴 14,000m2の衣装用生地 20着のピノッキオの服 477個のおもちゃの国のおもちゃ などである。 スタジオの整備が完了すると、「パピーニョ」はボール紙を原料としてできた家々が建ち並ぶすばらしい新世界に変身した上に、システム完備された最新のスタジオと化していた。 パピーニョに組まれた屋外セットは、ジェペット爺さんの村、海沿いの町、おもちゃの国などで、それぞれ広さは3000m2に及んだ。室内セットには、ジェペット爺さんの家、妖精の家、学校、操り人形の劇場、裁判所、牢獄、サーカス、巨大フカの口の中などがある。 すべてが完全に出来上がると、俳優とエキストラがセットに息を吹き込んだ。ベニーニはこうまとめる。「最も大事なことは、ピノッキオが世の中を見たときの“喜び”がセットの隅々にまで詰まっていることだった。出来上がったものに全員が刺激を受けたよ」 |
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