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| その巨匠は「ピノッキオ! 」とベニーニを呼んだ。 いたずら好きで、手に負えないわんぱく坊主の操り人形。楽しいことに目がなく、わくわくするようなことを求めては失敗ばかり。体は木でできているが、厄介な“良心”と、たえず成長し続ける“心”を持っている。そのあやつり人形を演じるのに、はちきれんばかりの元気と子供のような陽気さにあふれるロベルト・ベニーニ以外にふさわしい人間がいるだろうか? ベニーニの無邪気でおかしな風貌やいたずら好きの性格なら、これまで見たことのないファンタジーの世界に現実味を持たせ、ピノッキオを生き生きと描くことができるのではないか? と、ピノッキオ役のベニーニを最初に考えたのは、イタリア映画の巨匠、フェデリコ・フェリーニだった。 「私はこの企画をフェデリコと一緒にやろうとし、私達は一緒にたくさんの絵を描いた。 そして私を使ってピノッキオ役のテストとし、短い映画も撮ったんだ」 ベニーニはフェリーニの遺作『ボイス・オブ・ムーン』(90)の主役であり、ふたりは即座に意気投合したのだった。 フェリーニの死後、夢に向けて本格的に動き出した。アカデミー賞に輝いた『ライフ・イズ・ビューティフル』が世界中で賞賛され、大成功を収めると、ようやくベニーニは長年の夢に乗り出した。 ベニーニはもう一度「ピノッキオ」をゆっくり読み返してみて、子供と同じように大人でも感動できるこの童話ならではの魅力に改めて惹かれた。「“ピノッキオ”の物語の中にはたくさんのメッセージが詰まっていて、それを全部書き出すことはできない」とベニーニは語る。「冒険、悲しみ、生への熱情、喜び、落胆、残酷さ、勇気、とくに“愛”が、至るところに散りばめられている。最高に感動的な物語で、ピノッキオは最高の道化師だ」 ベニーニは物語の原点に立ち返り、イタリア人として原作に忠実にありたいと願った。ピノッキオの映画化はもうすでに20以上も存在する。ベニーニは1940年に作られたディズニー版のものがお気に入りだが、こう付け加えている。「ディズニー版は歌を入れなければならないために話の全てを伝えられていない。私達ははじめてピノッキオ・オリジナル・ストーリーを完全な形で映画化しようとしたんだ」 ベニーニは、きらきら輝く妖精、物を言うコオロギ、邪悪なキツネとネコ、生きている操り人形など、おとぎ話の奔放な世界を現代の実写版へと脚色するために、親友の脚本家ヴィンチェンツォ・チェラーミとがっちり肩を組んだ。ピノッキオがひとつ、またひとつと災難に巻き込まれては、追いつめられたり、はしゃいだりしながら旅をする原作者コッローディのハラハラする筋書きに忠実でいこうと。しかも、映画の核心には、「木の人形が人間の子供になるためには、何を学び、何を理解し、何をあきらめないといけないのか?」という問いを据えながら。 チェラーミは本作への取り組みをこう説明する。「ピノッキオが生まれた危険な世界は、楽しく無邪気な心で人生に向かおうとする木の幹からできた人形にはそぐわない。いたずらっ子に生まれたピノッキオは、悪さばかりしているが、世の中を知りたいという好奇心が尽きないために、心躍る体験にどんどん夢中になる。しかしやがては悪い連中にはめられて、ついにはやってもいない罪を着せられることになる。心安らかな生活を送るには、好き勝手にいたずらするのを止め、人間としての運命を知っていくしかない」 さらにこう続ける。「原作の真に純粋で無垢な主人公のおかしくも悲しい姿に、インスピレーションを受けた。私たちのピノッキオは人生を愛し、その体からはつねに生気と喜びがはじけている。とりわけピノッキオの葛藤は、世界をいかにして受け入れ、また世界からいかに受け入れられるかという、誰にもなじみのあるものである」 このように細部にまでこだわり、脚本は書き進められたが、ベニーニの思いを充分に盛り込むことはできなかった。ベニーニはこう語る。「本当に手を焼いた作品だった。いたずら坊主のピノッキオのように、とにかく言うことをきかなかった。それでもピノッキオの精神を尊重し、奴が向かいたいところに従っていくしかないと思って切り抜けたんだ」 |
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