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| 子供は誰もがピノッキオ コッローディは、フィレンツェの街を走り回るやんちゃな子供たちをモデルに、ピノッキオの性格を作り上げていった。柔軟な心、優しさ、誤りを認める素直さ、意志薄弱、迷いながらの選択による現実からの学習、大人になりたがっている存在…という子供の本質を描きこみ、ピノッキオの行動に見事な説得力を持たせた。ピノッキオの変容は、まさに子供の人間形成のありかたそのものなのである。 夢と悪夢の時代性…退廃した虚栄の街フィレンツェ ピノッキオの世界は、夢の世界であると同時に、悪夢の世界でもあった。これはコッローディが見てモデルにした当時のフィレンツェに他ならない。登場するキツネやネコの設定は独立戦争の戦傷者が巷に溢れていた事の反映だ。大量の犠牲者の救済も行き届かず、国の富強と軍事力を養う事のみに明け暮れ、つらい生活をしている人たちを放置したまま、よく勉強しよく働く事を説く国家。ひもじさや寒さは当時の人々が共有したものであり、その貧しくて猥雑な街を、子供を誘惑する人形劇団や恐ろしい親方、詐欺師コンビに人さらいが単なる噂ではなく横行する…そんな街を描いたのだ。 |
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| 新しい国への願い しかしそんな当時の時代背景が根底に敷かれながら、「成長」がこの物語のテーマだ。エネルギーに満ち溢れ、わがままで行動的、どんな権威にも忠告にも従わない。自ら招いた失敗や苦難を通じて、芽生えてきた“人間の心= 自分自身の道徳”を作り上げ、気ままな自由を脱し、真の自由を手にした子供になる。まさに、平等で民主的な理想国家を追い求めたコッローディが、「新しい国イタリア」の希望を子供たちに託した物語なのである。 |
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