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私はマリーナ。両親同様、この街で生まれた私にとって、ミラノは思い出の玉手箱。そして誰もが物置の片隅にしまってる、ノスタルジーという名の埃をかぶった街。
そう、私にとってこの街は、朝4時にオーブンから出されたばっかりの、できたてクロワッサン。水上機停泊地の公園で飛行機が離陸するのを眺めながら過ごした一夜。そして雪の降るお正月。ラッシュアワーのドゥオーモの静けさ。小川のせせらぎにかかる霧。広場の屋台のスイカ。バール『マジェンダ』のアペリティーボ(食前酒)...
◆ドルチェな思い出
やっぱり、私が語りたいことといったらドルチェについてでしょう。 私の母、フランチェスカが言うには、まだハイハイをしていたような幼い頃、すでに刺激の強いことを求めていた私は、棚の戸を開けっ放しにしたまま、四つん這いでお昼の残りのゴルゴンゾーラ添えポレンタをいじくって遊んでいたとのこと。おそらく、鶏肉と茹で野菜で作られた、味のない離乳食に飽きてしまっていたのかもしれない。
小さい時から、料理というものが人生の楽しみの一つであることは分かっていたし、ドルチェ(デザート)が料理の楽しみの一つだということに気づくのにも、それほど時間はかからなかった。
ドルチェについての一番古く懐かしい思い出は、私の曾祖母リーナにまつわるもの。砂糖とマルサラ酒を加えて泡立てた黄身のデザートとか、干し葡萄入りのベシャメル・クリームや、蜂蜜とカカオ入りリコッタチーズのデザートなどなど、簡単にできる素朴なおやつを作ってくれた。
でも、週に一日だけは、祖父ルチャーノが家族みんなを喜ばせる番だった。まだミラノが今のように大都会じゃなく田舎町のようだった頃、彼は毎週日曜日のミサのあと、教会の隣にあった『ヴィッラ』っていうケーキ屋さんに寄ったものだった。お決まりの、カスタードクリーム入りカンノンチーニcannoncini、シュークリームの盛り合わせbign 、チョコレート風味のフィアンメfiamme(炎fiammaの形をした、ガナッシュクリームのデザート)の他に、私にだけ特別に、色砂糖でできた動物のお菓子や童謡のレコードを買うのも決して忘れたことはなかった。
当時一般的だったこの日曜日の習慣(ミサやデザートの)に加えて想い出すのは祖母のリーナ。いろんな種類のお菓子を飽きることもなく作ってくれた。アメリカ産ぶどうのタルトtorta、二色のチャンベッレciambelle(ケーキの一種)、ジャムのタルトtorta、りんごのフリッテッレfrittelle(フリッター)、ティラミスtiramis 。それに特にカーニヴァルの季節に作られる、キャッキィエレchiacchiere(揚げ菓子)、それと薄く長細い形で、カリカリした食感のオレンジ風味のフリッテッレ...こんなにおいしいもの、他のどこに行っても見つからない!
次回はマリーナさんが語る『イタリア料理と家族の絆』についてです。乞うご期待!ア・プレスト(また近いうちに)! |
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| 曽祖父は左から一人目、その右横はパートナー。ヴェネツィア門の公園で19世紀末に撮影された写真。 |
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| 祖母を料理名人と言えたなら、祖父ルチャーノは踊ることにかけては右に出る者がいないほどでした。 |
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とってもおいしいマリーナの手作りタルト
食べたいでしょ? |
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